最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)18号 判決 1994年1月27日
上告人
大阪府知事
中川和雄
右訴訟代理人弁護士
井上隆晴
青本悦男
石井通洋
阿多博文
右指定代理人
橋詰庄治
外五名
被上告人
株式会社岩崎経営センター
右代表者代表取締役
岩崎善四郎
被上告人
熊野実夫
同
小坂静夫
同
川端悦子
同
植田肇
右五名訴訟代理人弁護士
辻公雄
森谷昌久
井関和雄
大西裕子
松尾直嗣
秋田仁志
井上善雄
岩城裕
小田耕平
桂充弘
木村哲也
国府泰道
斎藤浩
阪口徳雄
伴純之介
吉川実
赤津加奈美
畠田健治
妹尾純充
峯本耕治
加藤高志
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人井上隆晴、同青本悦男、同中山義英、同橋詰庄治、同芝池幸夫、同有正修の上告理由及び上告代理人色川幸太郎、同石井通洋、同阿多博文の上告理由について
一原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人らは、昭和六〇年一〇月一四日、大阪府公文書公開等条例(昭和五九年大阪府条例第二号。以下「本件条例」という。)七条一項に基づき、本件条例の実施機関である上告人に対し、昭和六〇年一月ないし三月に支出した大阪府知事の交際費についての公文書の公開(閲覧及び写しの交付)を請求した。
ところで、本件条例八条には、同条各号所定の情報が記録されている公文書は公開しないことができる旨が規定され、その一号に、法人等に関する情報や事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公にすることにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの、四号に、府の機関等が行う企画、調整等に関する情報であって、公にすることにより、当該又は同種の事務を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれのあるもの、五号に、府の機関等が行う交渉、渉外、争訟等の事務に関する情報であって、公にすることにより、当該若しくは同種の事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれのあるものがそれぞれ規定されており、また、九条には、同条各号所定の情報が記録されている公文書は公開してはならない旨が規定され、その一号に、個人の思想、宗教等の私事に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別されるもののうち、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものが規定されている。
そして、上告人は、昭和六〇年一〇月二九日、右請求に対応する公文書としては、経費支出伺、支出命令伺書、債権者の請求書、領収書等の交際費の執行の内容を明らかにした文書及び歳出予算差引表がこれに当たるとし、そのうち経費支出伺、支出命令伺書及び歳出予算差引表を公開したが、債権者の請求書、領収書等の交際費の執行の内容を明らかにした文書(以下「本件文書」という。)については、そこに記録されている情報が前記八条一号、四号、五号及び九条一号に該当するとして、これを公開しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。
2 本件文書は、具体的には、債権者の請求書及び領収書(以下「債権者請求書等」という。)、歳出額現金出納簿並びに支出証明書であり、そこに記録された支出内容は、(1) 慶弔、見舞い等に関するもの、(2) 各種団体及びその主催行事等への賛助、協賛に関するもの、(3) 餞別に関するもの、(4) 懇談に関するものに分けられる。
債権者請求書等は、知事が懇談会等で外部の飲食店等を利用した際の請求書等が主なものであり、懇談の日時、場所、出席人数並びに料理等の単価及びその合計額が記録されており、懇談等の名称、出席者の氏名等は原則として記録されていないが、府の担当者により出席者の氏名がメモ書き等の形で記録されたものもある。歳出額現金出納簿は、現金の出納状況を、年月日、摘要、金員の受払い状況とその残額とに分けて記録し、摘要欄には交際の相手方、使途等を具体的に記録している。債権者請求書等及び歳出額現金出納簿のいずれにも、懇談の内容は全く記録されていない。また、支出証明書は、お祝い、香典等領収書が得られないような支出について、支出年月日、支出金額、支出先、支出の目的を記録した書類であり、特に決まった様式はない。
二原審は、右の事実関係の下で、次のとおり判断した。
1 本件文書のうち懇談に関する支出内容が記録された文書の本件条例八条四号該当性については、当該懇談が同号所定の企画、調整等の事務(以下「企画調整等事務」という。)に関して行われた場合であっても、債権者請求書等及び歳出額現金出納簿には、懇談の内容は全く記録されていないため、右文書が公開されても、特段の事情がない限り、当該又は同種の企画調整等事務を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるとはいえない。そもそも、懇談の相手方にとっては、知事と懇談等を行うことは社会通念上名誉でこそあれ何ら不名誉ないし嫌悪すべきことではなく、これを公開するとしても、そのために懇談等を回避することは考えにくく、さらに、知事の行動も、当該行政事務が遂行された後においては、これを公開しても、通常は、同種の行政事務の公正かつ適切な遂行に著しい支障を及ぼすようなことはないというべきである。本件においては、右特段の事情を認めるべき証拠はない。
2 本件文書のうち懇談に関する支出内容が記録された文書の本件条例八条五号該当性については、当該懇談が同号所定の交渉、渉外、争訟等の事務(以下「交渉等事務」という。)に関して行われた場合であっても、債権者請求書等及び歳出額現金出納簿には、懇談の内容は全く記録されていないため、右文書が公開されても、特段の事情がない限り、当該又は同種の交渉等事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれはない。本件においては、右特段の事情を認めるべき証拠はない。
また、懇談以外の慶弔、見舞い、賛助、協賛、餞別に関する知事の儀礼的な接遇、交際等は、それ自体が広い意味での交渉等事務に含まれると解することができ、この内容、程度を逐一明らかにすることは、府の相手方に対する評価、位置付けを明らかにすることになるから、相手方の中には、これに不満を抱き、府に対して非協力的な態度を採る者も出ることが全く考えられないではない。しかし、府の政治的、経済的、社会的な地位を考慮すると、そのような事態が右の交渉等事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼす程度にまで出現するとは考えられない。
3 本件文書の本件条例九条一号該当性については、そこに記録されている情報は、いずれも知事の公的交際に係るもので、相手方にとって純粋に私生活上の事柄であるとはいえず、また、知事との交際の事実が社会通念上相手方にとって公開を欲しない事柄であるともいえない。
4 本件文書のうち本件条例八条一号該当性が問題になるのは、債権者請求書等のみであるが、そこには、当該飲食店を経営する業者の営業上の秘密、ノウハウ等が記録されているわけではないので、これが公開されたとしても、それによって、当該飲食業者の競争上の地位その他その有する正当な利益が害されることは考えられない。
5 以上によれば、本件文書には、本件条例八条一号、四号、五号、九条一号のいずれかに該当する情報の記録はなく、これを非公開とすべき理由はないので、本件処分は違法である。
三しかしながら、原審の右判断のうち、本件文書に本件条例八条一号に該当する情報が記録されていないとする点は是認することができるが、同条四号、五号、九条一号に該当する情報が記録されていないとする点は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 知事の交際費は、都道府県における行政の円滑な運営を図るため、関係者との懇談や慶弔等の対外的な交際事務を行うのに要する経費である。このような知事の交際は、懇談については本件条例八条四号の企画調整等事務又は同条五号の交渉等事務に、その余の慶弔等については同号の交渉等事務にそれぞれ該当すると解されるから、これらの事務に関する情報を記録した文書を公開しないことができるか否かは、これらの情報を公にすることにより、当該若しくは同種の交渉等事務としての交際事務の目的が達成できなくなるおそれがあるか否か、又は当該若しくは同種の企画調整等事務や交渉等事務としての交際事務を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるか否かによって決定されることになる。
本件においては、知事の交際事務のうち懇談については、歳出額現金出納簿に懇談の相手方と支出金額が逐一記録されており、また、債権者請求書等の中にも府の担当者によって懇談会の出席者の氏名がメモ書きの形で記録されているものがあることは前記のとおりであり、これ以外にも、一般人が通常入手し得る関連情報と照合することによって懇談の相手方が識別され得るようなものが含まれていることも当然に予想される。また、懇談以外の知事の交際については、歳出額現金出納簿及び支出証明書に交際の相手方や金額等が逐一記録されていることは前記のとおりである。
ところで、知事の交際事務には、懇談、慶弔、見舞い、賛助、協賛、餞別などのように様々なものがあると考えられるが、いずれにしても、これらは、相手方との間の信頼関係ないし友好関係の維持増進を目的として行われるものである。そして、相手方の氏名等の公表、披露が当然予定されているような場合等は別として、相手方を識別し得るような前記文書の公開によって相手方の氏名等が明らかにされることになれば、懇談については、相手方に不快、不信の感情を抱かせ、今後府の行うこの種の会合への出席を避けるなどの事態が生ずることも考えられ、また、一般に、交際費の支出の要否、内容等は、府の相手方とのかかわり等をしん酌して個別に決定されるという性質を有するものであることから、不満や不快の念を抱く者が出ることが容易に予想される。そのような事態は、交際の相手方との間の信頼関係あるいは友好関係を損なうおそれがあり、交際それ自体の目的に反し、ひいては交際事務の目的が達成できなくなるおそれがあるというべきである。さらに、これらの交際費の支出の要否やその内容等は、支出権者である知事自身が、個別、具体的な事例ごとに、裁量によって決定すべきものであるところ、交際の相手方や内容等が逐一公開されることとなった場合には、知事においても前記のような事態が生ずることを懸念して、必要な交際費の支出を差し控え、あるいはその支出を画一的にすることを余儀なくされることも考えられ、知事の交際事務を適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるといわなければならない。したがって、本件文書のうち交際の相手方が識別され得るものは、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものなど、相手方の氏名等を公表することによって前記のようなおそれがあるとは認められないようなものを除き、懇談に係る文書については本件条例八条四号又は五号により、その余の慶弔等に係る文書については同条五号により、公開しないことができる文書に該当するというべきである。
2 また、本件における知事の交際は、それが知事の職務としてされるものであっても、私人である相手方にとっては、私的な出来事といわなければならない。本件条例九条一号は、私事に関する情報のうち性質上公開に親しまないような個人情報が記録されている文書を公開してはならないとしているものと解されるが、知事の交際の相手方となった私人としては、懇談の場合であると、慶弔等の場合であるとを問わず、その具体的な費用、金額等までは一般に他人に知られたくないと望むものであり、そのことは正当であると認められる。そうすると、このような交際に関する情報は、その交際の性質、内容等からして交際内容等が一般に公表、披露されることがもともと予定されているものを除いては、同号に該当するというべきである。
したがって、本件文書のうち私人である相手方に係るものは、相手方が識別できるようなものであれば、原則として、同号により公開してはならない文書に該当するというべきである。
四原審は、以上に判示したところと異なる見解に立ち、本件文書のうち交際の相手方が識別され得るものについても、その支出内容等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものであるか否かなど、前記のような交際事務に対する支障の有無の点を個別、具体的に検討することなく、本件文書には本件条例八条四号、五号に該当する情報は一切記録されていないとし、また、知事の交際に関する情報はすべて本件条例九条一号に該当しないとし、本件処分をすべて違法として取り消しており、この判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上判示したところに従って、本件文書に記録された情報が本件条例八条四号、五号、九条一号に該当するか否かについて更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大堀誠一 裁判官味村治 裁判官小野幹雄 裁判官三好達 裁判官大白勝)
上告代理人井上隆晴、同青本悦男、同中山義英、同橋詰庄治、同芝池幸夫、同有正修の上告理由
原判決には、以下に述べるとおりの法令、条例の解釈適用の誤り、理由不備、審理不尽及び経験則違背の法令違反があり、それらが判決に影響を及ぼしていることは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。
第一 原判決は、大阪府公文書公開等条例(以下「本件条例」という。)八条、九条の非公開条項につき「本件条例の趣旨、目的、理念に照らせば、右各非公開事由に該当するか否かの判断は、個人のプライバシー等の保護には最大限の努力を払いつつも、条文の趣旨に即し、厳格に解釈されなければならない」と判示し、本件条例の非公開条項について一般的な解釈基準として「厳格な解釈」という解釈基準を設定しており、しかも、それが八条、九条に関する条文解釈や事実認定に大きな影響を与えているとみられるが、かかる基準を設けて非公開条項を解釈することは、次の理由よりして、本件条例の定めをこえた恣意的な解釈適用であり、本件条例の解釈適用を誤った法令違反がある。
一 憲法二一条は、国民主権の前提となる「知る権利」をも保障しているものと解されているが、この憲法二一条をもって直ちに各人が国家機関等に情報の提供を求めうる具体的な権利まで保障したものではない。その意味で憲法二一条から導かれる「知る権利」の権利性は抽象的なものにすぎず、具体的な公文書開示の請求権は、それを具体的に定めた法律、条例によりはじめて認められるものであり、しかもその法律、条例に定められた要件のもとに認められる権利である。したがって、その条文中に、公開を認めない場合が規定されているときには、そのような非公開文書を除外した公文書の公開請求権が具体的な請求権として付与されたとみるべきであって、一般的包括的な公文書公開請求権なるものが当然に(アプリオリに)存在していて、非公開条項はそのような当然の請求権を制限する条項であるとみるべきではない。
してみれば、本件条例の公文書公開請求権も、本件条例によってそこに規定する要件のもとに創設された権利なのであるから、公開を認めない場合を規定する八条、九条の非公開条項についても、各条項の文言に即しながらその規定の趣旨に従って合理的にこれを解釈するのが条例制定者の意思であるとみるべきであり、その立法意思は尊重さるべきであって、そこに条例制定者の意思と離れた「厳格な解釈」なるものを持ち込むことなどは許されないことである。
このことは、東京高等裁判所平成二年九月一三日判決(判例時報一三六二号二六頁)が「公文書開示条例による情報開示請求権は……あくまで、条例によって創設された権利である。」とし、「地方自治体が個々の住民に開示を請求する権利を付与するか否か、付与するとしてその権利の内容をどのようなものにするかは、当該自治体が、その制度の趣旨を考慮しつつ自主的に決する問題であって」としたうえ、「なるほど、九条は、『開示しないことができる文書』を定めるという形式を採ってはいるが、その内容は、単に権利を制限する規定ではなく、法令の制限によるものはもとより、個人のプライバシー、あるいは法人の事業活動、公共の安全と秩序維持、都と国又は他の公共団体との関係、合議制機関の議事運営、都又は国等の事務事業に係る意思形成上の支障、あるいはそれら事務事業の公正、円滑な執行等諸々の観点から開示すべきものと開示しないことができるものを分類し、そこに開示しないことができるとしたもの以外の文書は開示するということを規定しているのであって、その実質は、開示の実体的要件を定めたものとみられるのである。そこでは、開示をすることによって得られる利益とプライバシーあるいは円滑な行政の必要等開示されることによって影響を受ける側の利益の両者が考慮され、そのバランスの上に開示請求権が認められているのであるから、その開示請求権は、この条例の趣旨に従って解釈されるべきであって、開示を求める立場からだけ厳しく解釈することは当を得ない。」と判示しているところでもある。
二 原判決は、「厳格な解釈」をとる理由として「本件条例の趣旨、目的、理念」を掲げるが、法令の解釈に当っては、先ず条文を文理に忠実に解釈し、その構成要件要素を具体的に把握して確定することが先決であり、「立法目的、趣旨、理念」などは、その解釈、把握に疑義が生じた場合の判断基準にはなり得ても、それ以前にいきなり各条項を規律する「厳格な解釈」という一般的基準を設定する根拠となるものではない。
さらに、本件条例の趣旨、目的、理念が「知る権利」の尊重を柱としていることは原判決の判示するとおりではあるが、他方、公文書を公開することにより、個人や法人等の正当な権利や利益を害したり、府民全体の福祉の増進を目的とする行政の公正かつ適切な執行を妨げ、府民全体の利益を著しく害することがあり、それら権利や公益を保護する必要があることより非公開条項が設けられているのである。そして、本件条例の制定過程からみて、条例制定者は、非公開条項の規定自体に種々の要件を設けることによって「知る権利」の保障との調整を図っているとみられるのである。そうとすれば、本件条例の趣旨、目的、理念も単に「知る権利」の保障のみを意図しているものではなく、それらより当然のごとくに非公開条項の「厳格な解釈」が導きだされるものではない。
三 原判決は、また「厳格な解釈」をとる根拠として本件条例三条を掲げるが、この条項の規定するところは、本件条例八条、九条に規定する非公開事由の構成要件の該当性を実施機関が判断するに当って裁量の踰越や濫用のないようにすべきであることを求めたものであり、いわば確認的な責務規定であって、この規定から原判決にいう「厳格に解釈すべき」との一般基準が導きだされるものではない。この規定からいえることは、本件条例の解釈運用基準(<書証番号略>)に指摘されているとおり「適正に解釈運用しなければならない。」ということにすぎないのである。
四 本件条例五条は、実施機関に対し「条例の解釈及び運用に当たっては、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され得るもののうち、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものをみだりに公にすることのないように最大限の配慮をしなければならない。」として、個人のプライバシーに関する情報の最大限の保護を規定している。したがって、この情報の非公開を規定している本件条例九条一号の解釈、運用に当ってもみだりに公にされないよう最大限の配慮をしなければならないのである。しかるに、原判決は「個人のプライバシー等の保護には最大限の努力を払いつつも」としながらも、この条項を含めすべての非公開条項を「厳格に解釈されなければならない。」と判示している。しかし、「最大限の配慮をすべし」とされていることについて、これを制限するような「厳格に解釈すべし」との論理は到底導きだせるものではない。
また、最大限配慮の規定に直接当たらなくとも、公共の福祉等の観点から非公開事由として規定している本件条例八条各号について、例えば同条六号の「個人の生命、身体、財産等の保護に支障を及ぼすと認められる情報」や「犯罪の予防又は捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすと認められる情報」を非公開事由とする規定をみても、これら規定を厳格に解釈してまで「知る権利」を優先させなければならないほどこの権利が優越したものではあり得ない。
言うまでもなく、いかなる権利といえども絶対的な権利というものはあり得ず、いずれの権利も他の権利との相剋があり、それぞれに制約をうけるものである。「知る権利」についても他の人権等を侵害することが少なくなく、それゆえ「知る権利」が唱えられる反面、他方では個人情報や企業秘密情報等につき「知られない権利」が提唱されているところである。このような制約性の多い「知る権利」であってみれば、非公開条項に対して「厳格な解釈」を要求することは余りにも偏頗な見方であり、何ら条例上の根拠なくして本件条例解釈にかかる基準を設定することの違法は明らかである。
第二 原判決は、「本件条例の右のような趣旨、目的及び構成からして、実施機関が本件条例に基づく適式な公文書公開請求を拒絶できるのは、本件条例第八条及び第九条の各号所定の事由(非公開事由)の存する場合に限られるとともに、右非公開事由の存在は実施機関において主張立証しなければならないこともまた明らかであるというべきである。」と判示するが、そこでの「主張立証しなければならない」との趣旨が、訴訟上一定の事実の存否が確定されないときにうける一方当事者の不利益を意味するいわゆる客観的立証責任及びその前提たる主張責任をいうものとするならば、次の理由よりして、公文書非公開決定の取消訴訟における立証責任分配の法則及び条例解釈の違背があり、法令適用解釈の違反がある。
一 行政処分の取消訴訟における立証責任分配に関する近時の判例、学説は、大きく法律要件分類説と個別具体説との二つに分けられるが、その内容においては両説ともにさらに多岐にわたっている。しかも、それらいずれの説も訴訟や要件事実の内容によって立証責任が変わるものとしており、立証責任の分配を一律に論じていないのである。かかる立証責任論であってみれば、原判決のごとく何らの理由を示すことなく「実施機関において主張立証しなければならないこともまた明らかである」などと割り切れるものではない。
二 公文書非公開決定の取消訴訟における立証責任を考えるに当っては次の点が考慮されるべきである。
まず、公文書非公開決定の取消訴訟は、形は取消訴訟という抗告訴訟になっているが、東京高等裁判所昭和五九年一二月二〇日判決(判例時報一一三七号二六頁)が「その制度目的は、住民に固有の具体的な権利、利益を保護するというよりは、県政の適正な運営を図るという一般的利益の実現にあり、そうとすれば、……同法六条所定の機関訴訟又は同法五条所定の民衆訴訟のひとつとして法律の定めるところに俟つこととするのがより制度の趣旨に適合すると解されるところではある」と判示するとおり、いわゆる客観訴訟(機関訴訟及び民衆訴訟)的性格を有するものである。したがって、このような客観訴訟的性質を有する本件取消訴訟においては、主として主観訴訟に見られるような権利ないし法益間の調整といった利益衡量を前提とする立証責任の分配を考える必要はなく、この訴訟に通常の訴訟の立証責任理論をそのまま持ち込むべきではない。
つぎに、公文書非公開決定の取消訴訟において、アメリカの非公開審理手続きに認められているインキャメラのような制度がない現在、当該対象文書を証拠に提出することは公開することになるところからして当該対象文書に基づいて具体的に非公開事由を主張、立証することができないし、また「支障のおそれ」などの要件も、当該対象文書を示さずに個々具体的に主張、立証しようとしても、それが具体的になればなるほど、結果的に当該対象文書の記載内容(情報)を公開することにつながるのである。このような主張、立証上に決定的な制約のある公文書非公開決定の取消訴訟であってみれば、通常の訴訟理論で説かれる主張立証責任論をそのまま適用することは妥当でない。
三 右のごとき公文書非公開決定の取消訴訟の性格及び主張立証上の制約を考慮したとき、主張、立証責任を行政庁に課することは、本来公開すべきでない文書を容易に公開せしめられることにもなりかねないのであり、ことに、一旦公開された文書はもとの非公開の状態に戻しえないものであることを考えれば、そのことによる影響はときに重大なものとなるのである。また、本件条例九条各号に定める情報が記載されている公文書は裁量の余地なく非公開としなければならないものであるが、そのうち同条一号は個人のプライバシーの保護のため最大限の配慮をすべきであるのに、これにかかわる文書を主張、立証責任のもとに公開すべしとするのは明らかに本件条例の意図に反することである。したがって、公文書非公開決定の取消訴訟においては非公開事由の主張、立証責任が一方的に行政庁にあるとみるべきではない。
四 もっとも、公文書非公開決定の取消訴訟においては、原告は当該対象文書を見ていないのであるから、当該対象文書が非公開条項に該当するとの一応の主張、立証責任(いわゆる主観的主張、立証責任)は行政庁にあるとするのももっともであり、行政庁が非公開条項該当性について相応の主張、立証を行わねばならないと解されて然るべきである。しかし、どの程度の主張、立証がなされるべきかについては、要件によって異なるとみるべきであり、該当文書が非公開条項に規定する各種情報のうちのどれの情報に当たるかとの要件についてはその程度は高いとみてよいが、他方「正当な利益」とか「著しい支障を及ぼすおそれ」とか「一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」とかの要件については、それらの要件が価値判断的なもの或いは将来の予測に関わるものであることに加え、この訴訟がもつ主張立証上の制約からすれば、その程度は相対的に低いものとみるべきである。しかもその内容が抽象的一般的になることも止むを得ないことである。
第三 原判決は、本件文書の本件条例八条四号該当性の判断において「慶弔・見舞い・餞別等に係る文書は、いずれも儀礼的な交際に関するものであって、本条号にいう府の機関又は国等の機関が行う調査研究、企画、調整等(以下「調整等事務」という。)に関する情報(以下「調整等情報」という。)でないことは明らかである」とし、また「賛助・協賛に係る文書についても、……右文書は民間団体等又はその主催する行事等に対する補助あるいは援助を目的としてなされる金員の供与に関するものであることが認められるから調整等情報には当たらない」とし、さらに懇談について「儀礼的懇談」と「調整的懇談」とに分け、前者については「調整等情報に当たらない」と判示するが、次に述べるとおり、この認定判断には、経験則違背及び条例解釈の誤りの法令違反がある。
一 本件条例八条四号は「調査研究、企画、調整等に関する情報」と規定しているが、ここにいう「関する」とは「『係る』よりもつながりが直接的でない場合とか、もう少し広く、漠然とした関係である場合を表すもの」(ぎょうせい・法令用語の基礎知識)であるところからして、ここに規定する情報は、「調査研究、企画、調整等」に直接、間接又は具体的、抽象的を問わず広くつながりのある場合を含めて調査研究、企画、調整等に関係あるすべての情報をいうものと解すべきである。
ところで、知事交際費より支出する慶弔・見舞い・餞別・賛助・協賛等は、単純な儀礼的交際のために支出されるものではなく、大阪府或いは大阪府知事が府政を遂行していくに当たって種々の繋がりや関係をもつ個人や団体との信頼関係を維持することによって今後の調整等の事務の円滑な処理を得るため、いわば調整等の事務遂行の環境づくりのために支出されるものである。したがって、これらも調整等に関係ある情報に含まれるとみるべきであり、これらを単純に儀礼的な交際に関するものであり、「調整等に関する情報」に当らないものときめつけてしまうことは経験則に反する事実認定であり、かつ条例の解釈を誤ったものである。
二 懇談についても、儀礼的懇談と調整的懇談とを一義的に峻別しえるものではなく、知事が行う懇談には、一見儀礼的に見える場合でも大抵の場合前記信頼関係の維持或いは何らかの意味での調整的意味合いを持って行なわれているのである。したがって、儀礼的懇談と調整的懇談とに二分し、前者について「調整等に関する情報」に当らないとすることも経験則に反する事実認定であり、かつ条例の解釈を誤ったものである。
第四 原判決は、本件文書の本件条例八条四号該当性の判断において「当該懇談が現に企画又は遂行中の府の行政事務・行政事業に関するもので、当該懇談自体が更に継続を予定されているなどのため、そのような限定的かつ抽象的な懇談内容に関する事項でも公になることにより当該懇談の意義あるいは目的を失わせ、あるいは相手方との信頼関係を損なって、公正かつ適切になされるべき右行政事務あるいは行政事業の企画又は遂行に著しい支障を来すおそれがある等の特段の事情のある場合は格別、右特段の事情について具体的な主張立証のない本件においては、そのような限定的かつ抽象的な懇談に関する情報が当該懇談の済んだ後に開示されることによって、本条号が調整等情報の公開によって生ずるおそれがあるとする前記(1)記載のような支障が生ずるおそれがあるものと一般的に推断することはできず、従って本件文書のうち調整的懇談に関する情報の記載された文書が公開されても、そのことによって現在又は将来において本条号の調整等事務を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるということはできない。」と判示し、本件条例八条五号該当性の判断においても、交渉等の事務につき同様の理由が当てはまるとするが、この判示には、次の点において、本件条例の右条号の解釈の誤り及び経験則違背の法令違反がある。
一 原判決は、懇談に係る文書の本件条例八条四、五号の該当性を判断するに当たって、「特段の事情」なるものを設定し、この事情のない場合には「公開により支障が生ずるおそれがあるとは一般的に推断できない」とするが、同条四号は「公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれのあるもの」と、同条五号は「公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれのあるもの」と規定するだけであり、そこに原判決がいうような「特段の事情」なる要件まで求めているとは到底いいえない。したがって、あくまで対象文書をもとに条文の要件たる「著しい支障を及ぼすおそれ」があるか否かが判断さるべきであって、「特段の事情」なる要件を新たに設定すること自体明らかに条例の解釈を誤ったものである。
二 原判決がいう「特段の事情」の内容は、原判決の判示によれば「当該懇談が現に企画又は遂行中の府の行政事務・行政事業に関するもので、当該懇談自体が更に継続を予定されているなどのため」文書が公開されることにより「当該懇談の意義あるいは目的を失わせ、あるいは相手方との信頼関係を損なって、公正かつ適切になされるべき右行政事務あるいは行政事業の企画又は遂行に著しい支障を来すおそれがある等」というものであるが、そこで示されている「特段の事情」の要件は、八条四号の条文記載部分を除けば、(1) 懇談が現に進行中の事務等に関するものであること、(2) 懇談が継続を予定されていること、それがため文書公開により、(3) 懇談の意義、目的を失わせること、或いは、(4) 相手方の信頼関係を損なわせること、である。
右の(3)、(4)については、支障を来す原因として条文の前記文言を敷衍したものにすぎないものと理解できるが、しかし、支障を来す場合の理由として何故に右(1)、(2)に当てはまる場合に限定されなければならないのか、また、懇談が継続されなければ支障を来さないと言えるものか全く理解に苦しむところである。もっとも、原判決は右判示の前半部分に「など」の文言を入れて右の具体的な判示部分を例示的なものとしているが、右のごとき限定の仕方の特異性よりして、この判示部分から他にどのような場合を特段の事情としようとするのかを類推することができないのである。
後述のとおり、懇談に係る文書の公開によりもたらされる行政事務等の遂行上の支障は、懇談を継続する予定があるといった単純な理由に基づくものではないのである。しかるに、原判決が「特段の事情」として右のごとき常識に反する不当な限定を行ない、これが認められないと支障のおそれを一般的に推断できないと結論づけていることは、全く経験則に反する判断である。
三 原判決は、「特段の事情」なるものを設定したうえ「右特段の事情について具体的な主張立証のない本件においては」「著しい支障を及ぼすおそれがあるということはできない」としているが、条文にもない「特段の事情」を一方的に設定して、それについての主張立証がないからとの理由でもって右のごとき結論に至る判断は全く不当であり、もし原審がそのような見解に立つなら、すべからくその旨を釈明してその点の主張立証を尽くさせるべきであり、それをしていない本件は釈明権不行使の違法があり、審理不尽である。
四 原判決は、本件条例八条四、五号に規定する「著しい支障を及ぼすおそれ」を判断するに当って、前記引用のとおり「支障が生ずるおそれがあるものと一般的に推断することはできず」と判示しており、また後記五、に引用したところでも「推量できない」との判示を、さらに後記六、に引用したところでも「推断し難い」との判示をしている。このような判示がなされているのは、本件訴訟では当該対象文書そのものを証拠として提出し得ない関係から、いわゆる外務省スパイ事件とか防衛庁機密漏洩事件とかの公務員の守秘義務違反刑事事件の判決において論じられている「秘密性の推認」の方法を念頭においてのことと思われるが、そうとすれば、本件においても「著しい支障を及ぼすおそれ」が推認される事情が主張、立証されれば足ると解すべきであり、そこに「特段の事情」なるものを設定しなければならない理由はないし、その必要もない。
ところで、「支障を及ぼすおそれ」にいう「おそれ」とは、「望ましくない事実又は関係が生じる可能性があるとき」(学陽書房・法令用語辞典)或いは「そういう危険が発生する可能性があること」(日本評論社・法令用語の常識)と解されていることからして、「支障を及ぼすおそれ」とは「支障が及ぶであろう可能性」を意味しており、しかもそれは将来の見込、予測であることからして、その可能性は抽象的、一般的に存すれば足るものと解すべきである。さらに、そこにいう「支障」とは、本件条例八条四、五号に規定しているとおり、行政が行う「調整等を公正かつ適切に行うこと」或いは「これらの事務の公正かつ適切な執行」に対するものであるから、それらに「支障が及ぶであろう可能性」は、行政の専門的、技術的知識、経験において認められる抽象的、一般的な可能性であると理解すべきである。
このような観点からすれば、本件において、本件対象文書を公開することによる「著しい支障を及ぼすおそれ」について、関係者との信頼関係の破壊及び秘匿行為の露顕という点において著しい支障を及ぼす可能性があることを主張してきており、また森証人及び関係書証によりこれを立証してきているのであるから、これらより十分に推認しうるところであり、主張立証は尽くされているのである。
五 原判決は、限定的・抽象的情報といえども他の情報と結合することにより具体的情報となり、その公開により支障を来すことがあるとの主張に対して、その「ことの一般的あるいは観念的な可能性の存在を否定することはできない」としながら、「そのようなことが一般的あるいは観念的にはありうるというだけのことから、どのような内容の情報とどのように結合すればどの程度広範囲なあるいは具体的な情報となるのかも不明である(本件においてはそのような主張立証はない。)」から、その可能性を理由として「著しい支障を及ぼすおそれがあるとの推量をすることなどできるものではない」とする。しかし、公文書非公開決定の取消訴訟の主張立証上の制約からして、当該対象文書を証拠として提出してそれに基づき具体的に支障のおそれを主張立証できないことは先に述べたところであり、さらに当該対象文書を証拠とせずに具体的に主張しようとしても、例えば、ある状況のもとで当該懇談が持たれたこと自体を明らかにすることが支障となる場合に、少しでもその具体的な主張をすれば、結果的にその文書を公開したと同じことになることは容易に理解しうるところである。したがって、右の「支障を及ぼす可能性」も、抽象的な表現の主張にならざるを得ないのであり、具体的可能性の主張立証がないとか、一般的、観念的可能性では支障のおそれを推量できないとかとする原判決の判断は、本件条例の解釈を誤ったものである。
ある文書により得られる情報というものは、単にその文書に記載された文字、数字に限られるものではなく、他の周辺情報と結合することにより大きな広がりをもつ具体的な情報をそこから得ることができるものであり、また、情報の受け手によってはその情報が情報提供者の予想もしなかったいろいろな機能、働きをもって受け取られることもあるのである。かかる情報の特質、機能からして、単にある日、ある場所で、誰それと懇談したとの情報が公開されただけでも、それによって行政事務の執行に支障を及ぼす可能性が存するのである。例えば、後継知事問題とか副知事選任問題といった重要人事がとりざたされているとき、知事がある政党或いはある労働団体の某氏と懇談し、さらに次の日に別の政党或いは団体の某氏と懇談したとの情報は、受け手によっては、その懇談の意味、内容までも知らしめたに等しい情報となり、その情報の公開によって、当該人事問題についての知事の懇談の後先の順序や調整の手法にからんで政党や団体等との間に不満、不信が生じたり、知事の当該人事に対する意向等が忖度されて政党や団体等との間に大きなしこりを残したりして、その後の行政運営に著しい支障を及ぼすことになることが考えられるのである。
六 原判決は、大阪府知事と「懇談して飲食を共にすることは社会通念上名誉でこそあれ、何ら不名誉若しくは嫌悪すべき事柄ではないのであるから」懇談の済んだ後になってその事実が公開されても「著しい支障を及ぼすような事態になるとは容易に推断し難い」とするが、これは、大阪府知事の行なう懇談を単に飲食を共にするだけのものと捉えた甚だしい事実誤認に基づく判断である。
大阪府知事の行なう懇談は、利害錯綜する関係者の協力を得て府の施策事業の円滑な遂行を図るなり、各種関係者等に府の施策事業の理解を求める等の調整的機能を果たすために行なわれるものであり、そこでの出席者は、名誉とかの観点から出席しているものではなく、当面の課題をいかにすべきかとの観点から出席懇談をしているのであり、しかも利害が絡み合っている場合などには、懇談の事実を秘することが求められるのである。
この秘匿行為について、原判決は、「そのように秘匿してなされた懇談の事実(その具体的な内容ではない。)であっても、当該行政事務が遂行され終わった後においては、これを秘匿して非公開にして置かなければ同種の行政事務の公正かつ適切な遂行に著しい支障を生ずるということはないのが通常であると考えられる」といとも単純に判示するが、知事が調整を図る行政事務・事業は、どちらかといえば大きなプロジェクトであって相当長期に亘るものであり、また当該事務の終わった後であっても、その後の同種の事務・事業のために秘匿を維持し信頼関係を維持することが大切なことなのである。例えば、国家的な大規模プロジェクトにおいて、道路・漁業等の補償問題で行き詰まり、新聞報道等で社会的に注目されていたのが、あるときより進展をみるに至った場合、その直前に知事が関係団体の幹部と懇談している事実が知られれば、その懇談は補償問題の調整を内容としたものであることが容易に推知できるのである。しかし、そのような懇談は秘密裡に行なわれるものであり、対外的には、知事の関与は伏せられ『当該事業実施主体と関係団体側が話し合いをした結果事業進展をみた』と公表されるのが通例である。このような公表しないことを前提として持たれた懇談について、補償問題が解決した後であっても、この事実が明らかになれば、補償額に不満をもつ人々との関係などで、懇談の相手方の、団体における信頼や指導力等に大きな影響を与え、ひいてはその人の団体での立場を失わせしめ、時には社会的生命を抹殺することにもなりかねず、そのためにその後の行政事務・事業の遂行に重大な支障をもたらすことが予想されるのである。したがって、行政事務の終わった後であれば支障がないのが普通であるなどと単純に論じうるものではない。しかも、ある懇談がどの行政事務に係るものであって、したがって終了しているとかいないとか、終わっていてもこのような理由で支障があるとかを具体的に主張することは、前述のごとく、秘匿事項を公表するに等しいものである。
第五 原判決は、本件文書の本件条例八条五号該当性の判断において「折衝過程意見等」とか「対応策等」とかの独自のカテゴリーを設定し、「本件文書は、被告が、諸外国や各地方公共団体等を含む種々の団体や個人との交際の状況に関する記録であり、広義かつ形式的には、本条号にいう『交渉等の事務に関する情報』が記録されている文書に該当するものと解される。」としたうえ、本件文書は「折衝過程意見等」「対応策等」の情報が記録されていないから、「支障を生ずることはない」と判示し、また「右接遇等の内容、程度を逐一明らかにすることは、それが儀礼的な交際の面とはいえ、府の当該国、国内の諸団体、個人に対する評価、位置付けを明らかにすることにもつながり、府と関係のある諸団体、個人等の中には、他と比較した場合の、自己の府による評価、位置付け、処遇に対して不満を抱き、それによって府に対し、行政施策遂行の面で非協力的態度をとるようになるなどの事態が全く考えられないではないとしても、府の政治的・経済的・社会的な地位を考慮すると、そのような事態が本条号にいう交渉等の事務の公正かつ適切な執行に著しい支障となる程度までに出現するものとは到底考えることができない。」と判示するが、これら判示には、次の点において、理由不備及び本件条例解釈の誤りの法令違反がある。
一 原判決は、本件文書が「広義かつ形式的には」「交渉等の事務に関する情報」に当たるとするが、本件条例の解釈運用基準に「『渉外』とは、外国、国、地方公共団体、民間団体等と行う府の行財政運営等の推進のための接遇、儀礼、交際等に係る事務をいう。」と明記されているところから知れるとおり、本件文書は「渉外」の事務に関する情報そのものとみるべきであり、原判決の判断は本件条例の解釈を誤ったものである。
二 原判決は、同条号が文書の非公開を定めている理由として「折衝過程意見等」とか「対応策等」とかの独自のカテゴリーを設定し、交渉、渉外、争訟等の文書についてはそれのみが非公開の理由であるとの前提のもとに、本件文書について「折衝過程意見等」「対応策等」の情報が記録されていないから支障を生じることはないと断定しているが、右のごときカテゴリーを設定すること自体当を得たものではなく、いわんや非公開とされている理由がそれに限られるものでもない。同条号は「渉外等の事務に関する情報であって、公にすることにより、当該若しくは同種の事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれのあるもの」と規定しているのであるから、本件の場合も、本件文書の公開によって知事の交際の目的が達成できなくなるか否か、交際に著しい支障を及ぼすおそれがあるか否かが判断されるべきことなのであり、原判決の右判断は本件条例の解釈を誤ったものである。
三 知事は、大阪府の代表者として、極めて広範囲かつ多数の関係者との交際を必要としており、しかも今後も反復継続してその職務の執行に当たらなければならないのであるが、その交際の目的は、大阪府が行なうあらゆる行政事務・事業の遂行にあたってなされる交渉、調整等の基礎となる関係団体、個人との信頼関係の醸成である。ところで、このような交際に支出される交際費は、慶弔、見舞い、賛助、協賛、餞別、懇談のいずれにしても、交際を必要とした範囲、内容、程度により同じ事柄であっても対象者によって金額に差異が生ずることは止むを得ないことである。したがって、それを記載した文書が公開されると、当該対象者に対する大阪府の評価、位置付け、処遇が一般に明らかにされることになり、そのことによって、低い評価、位置付け、処遇をうけた関係者の信頼関係を壊すことにもなりかねず、本来の交際の目的が達成できなくなるのである。
四 原判決は、大阪府の評価、位置付け、処遇が明らかになることによる支障の可能性を認めながら、本条号の適用を否定する理由として「府の政治的・経済的・社会的な地位を考慮すると」とのみ判示するが、これだけでは、どのような政治的地位、どのような経済的地位、どのような社会的地位によって何故著しい支障が出ないと考えるのか全く不明であり、理由不備である。
五 大阪府による評価、位置付け、処遇が明らかになることによりもたらされる支障は、府と当該団体、個人等との間の信頼関係の破壊である。例えば、同種団体或いは同じような肩書の個人に対しなされる慶弔、見舞い、賛助等が、府政に対する貢献度等の評価からその金額に違いがあったとき、これが公表されれば、評価の低い団体や個人はこれに対して不快感をもち、信頼関係を醸成するためにした交際が逆にそれを壊すことになり、交際の「事務の目的が達成できなくな」ることになる。そしてこの信頼関係を失えば、府の行政施策を遂行するに当ってことごとに悪影響を及ぼし、円滑な遂行を非常に困難にするのである。現在においては、昔のいわゆる「お上」的意識を持って行政施策を遂行できるものではなく、関係者との信頼関係の上に立ってのねばり強い交渉や調整のもとに行政施策が遂行されているところから、この信頼関係の維持は行政において最も大切にしているところのものである。したがって、もし大阪府知事の交際費の支出内容が逐一公開されるようになれば、いきおい知事の交際費支出に関する裁量が硬直化せざるをえなくなり、その結果、具体的事案ごとに貢献度等を考慮してなされる適切な交際事務の実務ができなくなって、円滑な行政の運営が著しく損なわれるおそれがある。このことが「事務の公正かつ適切な執行に著しい支障」にならないとは到底いいうるものではなく、原判決には経験則の違背があり、本件条例の解釈を誤まった判断である。
第六 原判決は、本件文書の本件条例九条一号該当性の判断において「(本件文書は)相手方である団体あるいは個人の純粋に私生活上の事柄を記載したものということはできないばかりでなく、知事である控訴人との交際の事実が社会通念上当該団体あるいは個人にとって公開を欲しない事柄であるとは認められず、本条号にいう『一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる』事柄に当たるともいえない」と判示するが、この判断には、次の点において、経験則違背、理由不備及び本件条例解釈の誤りの法令違反がある。
一 原判決は、本件文書が純粋に私生活上の事柄を記載したものではないとするが、当該文書が公的交際の状況を記したものであっても、香典、見舞いにおいて知れるとおり、交際費支出の理由となっている相手方の本人或いは家族の死亡、病気、怪我等は純粋に私生活上の出来事であって、いわゆるプライバシーに属する情報であり、本件文書が純粋に私生活上の事柄を記載したものではないとの右判断は明らかに経験則に反するものである。
二 原判決は、特段の理由を示すことなく「知事との交際の事実が社会通念上当該団体あるいは個人にとって公開を欲しない事柄であるとは認められない」とするが、慶弔、見舞い、賛助等を貰ったか、あるいはそれをいくら貰ったかということは、相手方にとって所得に関する情報であり、また評価に関する情報でもあるので、他人に知られたくないと望むとみるのがむしろ常識的であり、ことに見舞いについては、相手方の健康状態を理由とするものであることからして一般に他人に知られたくないと望む場合が多いと考えられるのである。例えば、選挙に立候補を予定している政治家は、病気入院の事実が知れると対立候補者からの攻撃や代替候補者の動きなどの影響をもたらすことから、これを秘することがあり、そのような場合、知事からの見舞いの事実の公開などは自己の政治生命にかかわることとして決して望まないことである。したがって、何ら理由を示さずに右のごとく結論づけることは、理由不備或いは経験則に反するところであり、また本件条例の右条号の解釈を誤ったものである。
三 原判決は、本件文書の公開により府の評価、位置付けを明らかにすることになるとの点について「そのような評価、位置付けが、一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、必ずしも公開を欲しないであろうと認められる事柄であるといえるか否かも疑問であり」とするが、一般人の感受性よりして、むしろ府の評価、位置付けが明らかになるような情報が公開されることを望まないのが通常であるし、またそのように望むことが正当と認められるとみるべきであり、ことに他者との比較において低い評価、位置付けをうけている者は尚更である。例えば、同種同程度の団体の役員の家族死亡に対する香料が当該役員の府政に対する貢献度や交際の程度により差異があった場合、その差異が知れると、低い香料を受領した方は不快の念を抱くこととなるし、そのような評価が一般に知れることを決して望まないとみるのが普通であり、そのようなプライバシーは尊重されてしかるべきである。
さらにいえば、個人に関する情報については「みだりに公にすることのないように最大限の配慮をしなければならない。」との本件条例の立場からすれば、公的関係における評価、位置付けではあっても、むしろそれだからこそより以上に、その評価を受ける者にとっては個人に係る重大な情報であるといえるのであるから、それが仮に原判決のいうごとく「疑問」であったとしても、個人のプライバシーの保護の上からこれを公開してはならないと解すべきである。
四 本件条例九条一号は、個人のプライバシーに関する情報については、「公開してはならない情報」として公開を禁止するという基本原則を明確にしたものであり、本号の運用に当たっては、本件条例五条の規定からして、プライバシーの侵害のないよう特に慎重に取り扱わねばならないものである。そして、本号が掲げる「個人の思想…所得等に関する情報」が、個人のプライバシーに関する情報を例示したものであるとされていることからすると、これらの掲記情報をもって、本件条例の立法者が非公開の対象とすべき個人のプライバシーと把えたものと解すべきである。また、本号に「一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」との要件が加えられているのは、単にこれら個人識別情報であることだけで公開を禁止すると、本来公開しても差し支えのない文書まで公開できなくなって不合理となることによるものであり、この要件はプライバシーの権利や利益の範囲を制限しようとする趣旨のものではない。もとより憲法一三条に由来するプライバシーの権利は、個人の基本的人権として、何の根拠もなく条例により一方的に制限できるものではないし、本号が、プライバシーの権利が侵害される一般的な可能性のある情報の公開を禁止する規定であることは明らかなのであるから、「一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」といっても、個人のプライバシーに関する情報を限定しようとするものではなく、個人のプライバシーを侵害する可能性のある情報を一般的な社会通念によって把えようとしたものにすぎないのである。したがって、原判決のいうごとくその情報が「純粋な私生活上の事実」に限られるものではなく、また「公的交際の状況」に関するものであっても、社会通念上本条号掲記の情報に含まれるとみられる限りは、本件条例が保護するプライバシーとみるべきである。このことは、本件条例の解釈運用基準が「一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」に該当せず、公開することのできる具体的な判断基準として次の事項を掲げていることからも知れるところである。
(1) 何人でも法令の規定により、閲覧できる情報(閲覧を利害関係人等にのみ認めているもの及び法令の規定では何人とされていても、現に制限されているものは含まない。)
(2) 公表するために作成し、又は取得した情報(個人が公表することについて了承し、又は公表することを前提として提供した情報を含む。)
(3) 個人が自主的に公表した資料等から他人が誰でも知り得る情報
(4) 従来から慣行上公開しており、かつ、今後公開しても、それが一般に他人に知られたくないと望むことが正当と認められる情報でないことが確実であるもの
(5) 個人に係る許可、免許等に関する情報であって、住民の生命、身体、健康等の保護その他公共の安全を確保する観点から、公益上必要と認められるときに公開するもの
この点からしても、原判決の判断は、個人のプライバシーの保護を不当に軽視するものであり、本件条例の解釈を誤るものである。
第七 原判決は、本件文書の本件条例八条一号該当性の判断において「(債権者請求書等には)営業上の有形、無形の秘密、ノウハウ等が記載されているわけではないのであるから、右債権者請求書等に記載されている情報が、公開されたとしても、それによって、特に当該飲食業者の競争上の地位が害されるとは考えられない」とし「また、地方公共団体たる府による利用の事実が明らかになったからといって、そのことにより、当該飲食業者が社会的評価の低下等、その有する正当な利益を害されるとは認め難く」と判示するが、この判断は、次に述べるとおり、経験則に反し、本件条例の解釈を誤った法令違反がある。
一 飲食業者でも高級な格式ある飲食業者、とくに料亭などと称せられるところは、いかなる者を顧客としているか、その顧客をどのような金額で接待しているかについて、これを明らかにしないことをもって、その業者の信用保持としているものであり、そのことがその業者の社会的評価にもなっているのである。また、時に諸般の事情により低額での接待もありえるが、そのようなことが明らかになることも、その業者の信用、社会的評価に大きな影響を与えるものである。したがって、債権者請求書等にはこのような営業上の無形の秘密が含まれている場合があるとみるべきであり、これが公開されることにより当該飲食業者の競争上の地位その他正当な利益が害されることがあることは明らかであって、右原判決の判断は経験則に反し、本件条例の右条号の解釈を誤ったものである。
二 原判決は、利用者等の公表について「利用者の側から利用の事実を公表する場合であって、右公表が接客業者たる当該飲食業者の営業上の信用の失墜につながるものでない」とするが、利用者側からの公表であるとしても、公文書公開の場合は利用者の意図と関わりなく公表されるものであり、前記のごとき業者にとって、誰と誰をどのような金額にて接待しているかが一般に明らかにされることによる信用失墜は、利用者側からの公表だからといって無くなるものではないのである。この点においても、原判決には経験則に違反がある。
上告代理人色川幸太郎、同石井通洋、同阿多博文の上告理由
原判決には、次の諸点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな、大阪府公文書公開等条例(以下、本件条例という)についての解釈の誤りがあるので、破棄されるべきである。
(一) 原判決の基本的な誤り
原判決は、本件条例について、上告人の有する情報は公開されるのが原則であり、非公開事由に該当するか否かの判断は、本件条例の趣旨、目的、理念に照らして、個人のプライバシー等の保護に最大限の努力を払いつつも、条文の趣旨に即して厳格に解釈されなければならないと判示している。
しかしながら、原判決は、以下に述べるとおり、本件条例を解釈するに当って基本的な誤りを犯している。
世に所謂知る権利が憲法に基づく権利であるとしても、その内容は憲法上はなんら明示されているわけではなく、条例その他の立法によってはじめて具体的になるのであって、而も当該権利のあり方をいかなるものとするかは制定者の立法政策の問題である。したがって、本件条例に基づく公文書公開請求権の権利内容がいかなるものであるかは、本件条例を制定した本来の趣旨およびその表現に即して決定されなければならない。
ところで、本件条例は、情報公開制度の目的に鑑み、合理的な除外理由の存在する場合を除き、大阪府(以下、単に府という)の保有する情報を原則として公開するという方針の下に、府が制定したものである。すなわち右条例は、公文書の公開によって得られる利益ならびに府政の公正かつ適切な推進の必要性と、なお併せて関係者のプライバシーの保護とを各比較衡量し、その間のバランスを勘案して、一定の文書については公開しないことを明らかにしているのである。したがって、本件条例は、一定の文書は非公開とし、これを前提として公文書の公開請求権を認めたものと解すべきであって、原判決のごとく、非公開文書に関する規定を目して、一般的・包括的に公文書の公開を求める権利があることを原則としその例外として定められたもの、と理解するのは表現の末に囚われて文旨を誤解したものといわざるを得ない。
本件条例の前文および第一条に、府の保有する情報は公開を原則とし、知る権利の保障と個人の尊厳の確保を通じて、地方自治の健全な発展に寄与するとの、行政情報の公開に関する理念および目的が謳われていること、第三条に、公文書公開請求権が十分に保障されるよう本件条例を解釈運用しなければならないとの規定があることは、原判決が指摘しているとおりであり、また、本件条例の解釈運用基準には、第三条に関して、非公開文書の範囲を判断するにあたっては、公開原則にたって適正に解釈運用しなければならないとの解説が施されているが、これらの規定および解説と雖も、公文書公開請求権が前示の如き制約下にあることを否定するものではない。右判決はこれらの精神規定を無批判に引用し、安易に独自の見解を打出した嫌いがあるのである。
元来、情報公開制度は、高度情報社会の今日において、市民生活上情報の持つ意味が増大してきているため、行政機関が保有する情報を一般市民が共有することの重要性が認識されてきたこと、および、住民参加の行政という観点から、一般市民に行政機関が保有する情報にアクセスする権利を保障するために設けられているものであるから、その根底には、個人の知る権利に対する配慮とともに、地方自治の健全な発展という理念が存在するのである。而して行政の公正かつ適切な推進を確保することが、地方自治の健全な発展にとって不可欠であることはいうまでもないところであるから、情報公開制度においても、住民の知る権利の保障こそ重要であって、いかなる場合でも府政の公正かつ適切な推進の必要性に優越するなどと解すべき何らの理由もないのである。もし後者の必要性が緊切である場合においては、前者すなわち住民の知る権利はおのずから制約を免れないとするのが制度の本旨だというべきである。
本件条例が第八条に「公開しないことができる公文書」を規定しているのは、将に行政の公正かつ適切な推進という機能を確保するために必要な制約を定めたものであるが、本件条例が、右に述べた比較衡量に基づく適正なバランスを本旨としているものである以上、その解釈も同様に適正なバランスの上に立ってなされるべきものであるから、非公開文書に該当するかどうかについて、知る権利を優先せしめ、その立場からのみの厳格な解釈が要求されるとするのは誤りである。
(二) 本件条例第八条第四号の解釈の誤り
まず、原判決は、本件条例第八条第四号は、情報の収集、調査、企画、調整、内部的な打合せ、関係機関との研究、検討、協議等の、行政機関における意思形成過程における情報について、これを公開することにより、同種の調査、研究、企画、調整等を公正かつ適切に行なうことに著しい支障を及ぼすおそれのある情報について、非公開とすることができるものとした規定であって、これに該当する情報は、具体的には、行政機関内部の検討案等、調査研究におけるノウハウ、調査内容等、各種会議、意見交換の記録、資料等、行財政運営上の必要な調整、協議等(調整等事務)に関する情報等(調整等情報)であるとの判断を前提として、本件文書のうち懇談に関する支出の記録文書(D文書)について、「儀礼的懇談」と「調整的懇談」とを区別し、後者は調整等事務に該当し、これに関する情報は調整等情報に当るが、前者は調整等事務に該当せず、したがって、これに関する情報は調整等情報に該当しないと判示している。
しかしながら、かりに原判決がいうように、懇談に儀礼的懇談と調整的懇談との区別が、理論的にはあり得るとしても、大阪府知事が懇談の一方当事者である場合に、斯く明白に儀礼的懇談と調整的懇談とを区別し得るものではない。表面的には単なる儀礼的な懇談の場においても、さらには、儀礼的な懇談の形式を藉りて、調整等事務に関する重要な意見の交換がなされることがあることは、高度に政治的な立場に立つことのある大阪府知事であって見れば、ほとんど常識的なことといってよい。
したがって、懇談を儀礼的懇談と調整的懇談とに截然と区別し、前者について、本件条例第八条第四号の調整的情報に該らないとした原判決は、本件条例の解釈を誤っている。
次に、原判決は、本件文書のうち、調整的懇談に関する文書には、懇談の内容は全く記載されず、単に支払の年月日または懇談の日時、請求または支出の金額、懇談の場所、懇談の相手方、懇談の名称が記載されているに過ぎないから、その記載から推知される懇談内容に関する事項は限定的かつ抽象的なものでしかない、と判示している。
しかしながら、原判決は、前述したように、高度に政治的な立場に立つ大阪府知事としては、その行動そのものが秘匿されなければならない場合があり得ることを看過している。大阪府知事が、いつ、誰と、どこで会ったかということが公になることによって、懇談の内容がかなり正確に推測できる場合があり得るし、また、懇談の内容が正確に推測できない場合でも、憶測が憶測を呼んで、府行政の円滑な推進にとって思わざる障害となることもなしとしないからである。
「行政実例」を参照するに、交際費の監査については、経理手続きについてのみこれを行ない、その内容に立ち入ることは適当でないとされているのであるが、これは右に述べたような点についての配慮からであると理解できるのである。
なお、付言する。大阪府知事の交際費は、昭和五一年度から同六三年度まで、年間一〇〇〇万円であり、予算規模からいえば、その八万分の一ないし一七万分の一に過ぎないのである。文書を公開させることによって府民による府財政の監視を図る情報公開制度本来の目的からいうならば、厖大にして複雑な本予算の内容、および、その執行状況をこそ重視すべきであろう。交際費は、月割にすれば僅々百万円にも足りないのである。而して、いうまでもなく交際費も予算審議にあたり議会の議決を経ているわけであるし、その支出に当っては地方自治法等関係法規を格守し、厳密な手続を経由してはじめて支出しているのであって、恣意的な運用は絶対にあり得ないのである。
また、原判決は、現に企画または遂行中の行政事務・行政事業に関する懇談で、当該懇談がさらに継続を予定されている場合でなければ、行政事務ないし行政事業の企画・遂行に著しい支障を来すことはあり得ないとの前提に立って、そのような「おそれ」について上告人の具体的主張立証がない、と判示しているが、行政事務ないし行政事業は複雑に絡みあうものであって、これはこれ、それはそれと割り切って考えることができるものではない。原判決のように、行政事務ないし行政事業単位で考えること自体が既に誤っている。
本件条例の解釈運用基準が、第八条第四号の「公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれのあるもの」との文言の解釈に関して、施策の立案、推進等のため、または行財政運営上の必要な調整、協議等に関する情報で、「公開することにより、必要な情報または関係者の理解、協力を得られなくなるおそれのあるもの」を例示していることからも明らかなように、本条号の「公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれ」には、ある情報を公開することによって、将来、必要な情報や関係者の理解・協力が得られなくなるおそれがある場合が含まれているのであるが、本条号が「明白な場合」でなく「おそれ」を非公開の要件としていることは、複雑な行政の実態に照らして、現時点で将来における影響を評価する明白な基準を立てることが不可能であることを配慮したからこそではないか。したがって、原判決のいう「特段の事情」は、複雑な行政の実態そのものによって充分に明らかなところであるというべきであり、而してこのことは、原審における森証人の証言によって充分に立証されているのである。
(三) 本件条例第八条第五号の解釈の誤り
原判決は、本件文書が、本条号にいう「交渉等の事務に関する情報」が記録された文書に該当することは認めているが(もっとも、原判決は、「広義かつ形式的には」という留保を置いている)、本件文書のいずれについても、折衝過程意見および対応策等の情報が記録された文書ではないから、これを公開することによって、交渉等の事務の公正かつ適切な執行に支障が生ずることはないと判示している。
原判決の判示は、まず、本件文書のうち、懇談に関する支出を記録した文書(D文書)に関する部分について、本条号の解釈を誤っているが、その理由は前号に述べたところと同一である。
また、原判決は、本件文書のうち、慶弔・見舞い、賛助・協賛、餞別等に関する支出の記録文書(AないしC文書)に関する部分についても、本条号の解釈を誤っている。
本条号にいう「渉外」とは、本件条例の解釈運用基準によれば、「外国、国、地方公共団体、民間団体等と行う府の行財政運営等の推進のための接遇、儀礼、交際等に係る事務」をいうのであって、慶弔・見舞い、賛助・協賛、餞別の供与は、将に本条号にいう「渉外」事務に該当し、これらに関する支出の記録文書(AないしC文書)は、これを公開することによって「関係者の理解、協力が得にくくなったり」する「おそれ」のある文書として、本件条例に位置付けられているのである。
原判決は、渉外事務を含む「交渉等の事務」に関して、「最終的な合意の成立に向けて、関係者間で継続的な折衝と調整が必要とされる事務」であるという独自の解釈を施し、かかる解釈に立って(前述の「広義かつ形式的には」という原判決の留保は、右の独自の解釈による「交渉等の事務」に該当しないという趣旨であろうか)、これら文書を公開したからといって、交渉等の事務の公正かつ適切な執行に著しい支障となるとは到底考えられない、と判示しているが、その前提自体が既に誤っていることは、右に述べたとおりである。
また、本条号の要件である「おそれ」の意味について、原判決は、府による評価、位置付け、処遇に対して不満を抱く団体や個人が、府に対して行政施策遂行の面で非協力的態度をとるような事態が考えられるだけでは、交渉等の事務の公正かつ適切な執行に著しい支障となるとは考えられないとしているのであるが、前述したように、複雑な行政の実態に鑑みるとき、原判決が認めている「行政施策遂行の面で非協力的態度をとる」ような事態が生じた場合に、行政上必要な関係者の理解と協力が得にくくなること、したがって行政の公正かつ適切な推進の支障となることは、もはや単なる「おそれ」の程度を越えた蓋然性として推認できるのである。
原判決は、右のごとき判断の根拠として、「府の政治的・経済的・社会的地位を考慮すると」と述べているが、そのいわんとするところは全く理解できない。片々たる団体や個人の不平不満など、大阪府という巨大な地方自治体にとっては無視し得る筈であるとでもいうのであろうか。
要するに、原判決は本条号にいう「渉外事務」および「おそれ」の意味を極めて限定的に解釈し、その解釈の上に立って、本件文書を公開したからといって、行政の公正かつ適切な推進を妨げる「おそれがあるとは考えられない」としているものであって、本条号の解釈を誤っていることは明白である。
(四) 結論
以上述べた原判決の本件条例の解釈の誤りは、いずれも結論を決定的に左右するものであるが故に、判決に影響を及ぼすことは明らかである。